<プロフィール>

野口冬弥

常用オーバークロッカー

オーバークロック集団改め自作PC作成代行「PC LAB」設立者

 

1992年、埼玉県戸田市で生まれ

私が、小学校2年生の時に父親が浮気相手と駆け落ちしまして

母親は情痴不安定になり、私に虐待をするようになりました。

その影響もあり私は、人間関係を築く事が苦手になり

小学校に行ったり行かなかったりの日々で部屋に引きこもりPCに

噛り付いていました。中学校に上がっても教師からのいじめなどあり

不登校に成りました、私の居場所はネットの世界だけでした。

そんな時、唯一の逃げ道であるPCが故障

マニュアルと買って来た参考書を見ながらPCを修理

それが一番最初のPCハードに触れた瞬間でした。

それからPCパーツを交換して見たりとハードに触れる機会が増えて行きました

一秒でも早く母親から逃げたかった私は、中学校卒業年齢から

色々なバイトを転々としいました、そんな時某PCショップの下請け業者
をしている人に出会い働かせて頂く事が決まり、
私は15才で一人暮らしが出来る様になりました。
仕事では自作PCの作成代行をしていましたが

自分の為に自作PCを作ろうなんて考えた事は正直無かったのですが、

16才に成った頃知り合いの人にオーバークロックの話しを聞き興味を

持ち色々と調べて自分で自分の為にPCを組む事にしました。

少ない給料から貯めた3万円を持って、秋葉原に行った事は、今でも覚えています。

最初買ったのはIntel社製のPentiumでした、

マザーボードはASUS社製で電源はサイズ社の500wでした

仕事で馴れていましたが自分のPCを作った時は緊張しました、

それから給料が出る度にメモリーを変えたりマザーボードを変えたりしていきました

そして念願のオーバークロックPCを5ヶ月かけて完成させました

CPUはcorei7-2600kを取り付けて色々な事を試しました。

問題が出て来る度に、パーツを変えセッティングを繰り返しました

そして完成したのが、ガス冷却マシンを搭載した5.5GHzで常用が可能なマシンです。

それからもっとオーバークロックを試したくて

仲間と話し合いを繰り返しました、そして

組織したのがオーバークロック集団PCLABの始まりになります。

人付き合いが苦手な私が組織のリーダーを務めている事は

私自身疑問でした。

オーバークロックLiveネット配信をメインで活動を行い

最高で会員メンバーは600人以上いた時もあります、

しかし私は大勢の中に居るべき人間では無いと自覚した時、

以前から計画していた自作PC作成代行の企画開始と同時期に

LABメンバーを7人まで減らして

自作PC作成代行PCLABに組織を作り変えたのです。

(今現在2014年4月28日現在LABメンバー3人)

それが今の自作PC作成代行PCLABにまります。

最後に成りましたが、私は、
「野口ブランド」、「オーバークロッカー」、「殻割り職人」などと言われておりますが
そんな偉い人間ではありません、私、自身はお金はありません。
よれよれの安物のスーツを着てカップメンを主食にしているただの若造です。
正直

奇抜な発想力と行動力と人に恵まれる人間性?性格?で

ここまで来たと言っても過言ではない

私が一応、代表を務めておりますが

PCを愛する心は誰にも負ける気は御座いません。

ここ最近では、ウィズテック社オリジナルブランドVSPEC Dr.クリス様

とご縁があり出張サポートサービスのお手伝いをさせて頂いております。

長々と失礼いたしました、

最後までお付き合い下さいまして、

ありがとうございました。

 

 

PCLAB

当LABは、2009年に東京都台東区の小さなマンションの一室から始まりました。
低予算PCから最高級のパーツを使用したハイスペックPCまで
お客様のご予算、ご希望に合わせた最高のPCの作成を行って参りました。
低予算で高性能を目指した常用オーバークロックPCも数多く手掛けてきました。
メーカーの様なコスト重視の粗悪なパーツを寄せ集めたPCは、一切作成致しません。